『あらゐけいいち全作品研究』第1巻ブックガイド:あらゐ作品入門編~上級編まで
【この記事の目次】
『あらゐけいいち全作品研究』第1巻、BOOTHより発売中です。
あらゐ先生の漫画を知る上で、この上ない出来になっていると自負しておりますので、興味のある方はぜひ。
以下この記事では、具体的にどのような情報を載せているのか、項目別にまとめています。本書の詳細をもっと知りたい方は参考してみてください。
入門編:あらゐ作品の根幹を支える要素の研究
絵柄のルーツを知りたい
あらゐ漫画・イラストの大きな特徴である、デフォルメ調の可愛らしい絵柄。この特徴的な筆致、少年少女やマスコットキャラクターの造形は、どのような作品から影響を受けて成立したのでしょうか。
本書では、幼少期から始まる「絵の嗜好」の遍歴を辿り、やがて先生が独自の画風を開花させるまでの過程を追っています。
〇該当する章
・「原体験⑴ 出生・小学生時代」よりP79~P95
・「やりたいことが多すぎる⑴ 高校生時代」よりP140~153
・「漫画道の方へ⑵ ホームページ開設・新興社就職」よりP208~P220
・「普遍にして不変の絵柄 ⑴ 「アノニマス」」よりP415~P425
話の作り方を知りたい
あらゐ先生の漫画作品は、突拍子のないギャグや奇想天外な発想によって構成されています。こうした常人離れして見えるアイデアは、いかにして生み出されているのでしょうか。
先生の着想の仕方は、突き詰めていくと、きわめてシンプルでした。すなわち、己の感性を信じることと、漫画の技法を研究すること。
誰にでも容易に始められる二つの「正道」でもって、個性あふれる創作物が生まれていく様子を、先生の青年期の経験と合わせて紹介します。
〇該当する章
・「「なんか好き」という感覚にみちびかれて」よりP28~P49
・「漫画道の方へ⑵ ホームページ開設・新興社就職」よりP221~P236
『日常』の原型になった作品を知りたい
2004年8月。あらゐ先生は自主制作漫画「誉」を発表します。
これまで難解な実験作を描き進めてきた先生にとって、「誉」は一つの転換点となりました。三人組の少女がくだらないやりとりを繰り広げる本作は、後の『日常』の前身となるギャグ漫画だったからです。
並行して執筆を進めていたギャグ漫画『Helvetica Standard』(こちらも商業連載の前身)と合わせて、『日常』を発表するに当たっての足場が形作られていく様子を見ていきます。
〇該当する章
・「商業漫画への助走⑴「誉」」よりP533~553
・「商業漫画への助走⑵『Helvetica Standard』後期」よりP558~565
中級編:あらゐ作品を際立たせる個性の研究
唯一無二の世界観について知りたい
不条理にして能天気。現実から半歩ズレていて、底抜けに明るい。
あらゐ漫画の個性を決定づけている、唯一無二の世界観が形作られるきっかけは、幼少期の原体験にまで遡れます。
不可思議で明るい世界を志向する先生が、漫画の中に理想を実現しようとする過程を本書では紐解きました。
〇該当する章
・「原体験⑴ 出生・小学生時代」よりP54~P78
・「天使の見方から考える「幸せの角度」」よりP268~289
・「普遍にして不変の絵柄 ⑵ 「ふつう」」よりP431~438
「笑い」の方法論を知りたい
ギャグ漫画家として知られるあらゐ先生は、「笑い」の感性をどのようにして磨いてきたのでしょうか。その原点は、中学時代に受け止めた滑稽な作品群、そして雑誌や深夜ラジオへのハガキ投稿にありました。
本書では、『日常』や、その前身となる「誉」を生み出すに際しての試行錯誤を解き明かしていきます。
〇該当する章
・「原体験⑵ 中学生時代」よりP101~P122
・「漫画表現でふざける面白さ「隠風」」よりP327~331
・「空空寂寂たる創作物⑴『Helvetica Standard』前期」よりP445-455
・「知らない過去は新しい『Helvetica Standard』中期」よりP489~500
漫画家になる以前のあらゐ先生を知りたい
あらゐ先生が漫画家を本格的に目指し始めたのは、24歳(2002年)のこと。実はこれより以前、先生は漫画家とは別の夢を追いかけていました。
高校卒業後に志し、もしかしたら後の制作物にも影響を及ぼしたかもしれないあらゐ先生の来歴について、本書ではまとめました。
※インターネット上でしばしば囁かれている前職の「噂」についても、決着を付けています。
〇該当する章
・「やりたいことが多すぎる⑴ 高校生時代」よりP154~162
・「やりたいことが多すぎる⑵ 上京後」よりP167~P190
漫画創作への情熱を知りたい
あらゐ先生は本格的にペンを執ってから、わずか3年でプロの漫画家として頭角を現しました。28歳(2006年)にして4コマギャグ漫画『カゼマチ』でデビューし、ほどなくして『日常』を描き始めるからです。
この結果は、先生の才能もあったでしょうが、それ以上にひたむきな努力によって叶えられました。漫画執筆に情熱を注ぎ、己の面白いと思う事柄を貫いて創作に打ち込む姿は、読み手に勇気を与えることでしょう。
〇該当する章
・「夢の続きを自分の足で 総集編『細雪』」よりP399~P411
・「プロの漫画家と私の距離⑴「マイルストーン」」よりP568~599
・「プロの漫画家と私の距離⑵「開けっ!」」よりP606~638
上級編:あらゐ作品に通底する哲学思想の研究
哲学思想を学びたい:独我論/他我論
あらゐ先生は商業誌にデビューする以前(2003~2004年)、ギャグとは異なるジャンルの漫画に挑戦していました。同人誌即売会・コミティアにて発表していた自主制作漫画は、難解にして抽象的な実験作だったのです。
現実離れした世界観と、哲学的主題、そして描き手自身の心理を混ぜ合わせることで成立した一連の作品は、「己哲学漫画」と呼ばれました。
本書では、この「己哲学漫画」の分析を進めていき、第一の主題として提示されている独我論/他我論について思索を深めていきます。
〇該当する章
・「精神世界と「己哲学」⑴「箱庭」」よりP299~P324
・「精神世界と「己哲学」⑵「はね」」よりP334~P365
哲学思想を学びたい:博愛
「己哲学漫画」の執筆を進め、独我論と他我論、自己認識と他者の存在について掘り下げたあらゐ先生は、その畢竟として「博愛」に辿り着きます。あらゆる他人を愛し、肯定する思想である博愛。それは、先生の哲学思想と、漫画において目指そうとする理想が落ちあう、居心地の良い世界でした。
ここで見出された博愛思想が、あらゐ作品の世界観を形作る決定打となり、『日常』以降の商業連載作品にも活きていることを、本書では辿っていきます。
〇該当する章
・「この世界に最大の愛をこめて「街」」よりP368~395
哲学思想を学びたい:空空寂寂
「己哲学漫画」を通して、博愛の思想に辿り着いたあらゐ先生は、次の自主制作漫画からは正反対の態度を取るようになります。すなわち、何も考えずに描くという方法論を、漫画を実作する上での基本として置いたのです。
感性の赴くまま、無心で筆を走らせる境地を、先生は仏教用語から借りて「空空寂寂」と呼びました。本書では、「己哲学漫画」に続く第二の実験作である「空空寂寂漫画」の分析を進めていきます。
この何も考えずに描いた作品は、やがて感性の赴くままにギャグを描く作風へと発展していくことになります。
〇該当する章
・「空空寂寂たる創作物⑴『Helvetica Standard』前期」よりP445~462
・「空空寂寂たる創作物⑵「こころ」」よりP467~P485
まとめ
あらゐけいいち先生は、紛れもなく「天才」です。しかし、重要なのは、ただ「天才」なだけでは、『日常』もそれに続く作品も生み出せなかった、ということです。
それよりも、さまざまな物事や作品に感銘を受け、創作の糧として吸収し、試行錯誤を重ねながら実作に活かしていくことが、何よりも大切だったのでした。
結局のところ、優れた作品を生み出すには、一歩ずつ歩んでいくしかないことを、先生の漫画家に至る過程が教えてくれます。
誰にでも受け入れられる大衆性と、ほかの誰とも違って見える独自性を併せ持つあらゐけいいち作品の世界。
このような、汲み尽くすことのできない豊かな世界の案内書として、また豊かな世界を構想・創作する方法の実践書として、本書が参考になれば幸いです。